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友ヶ島
2016.11.01 Tuesday

今月2度目の和歌山。

加太漁港から船に乗る。

瀬戸内海国立公園の紀淡海峡、

加太港と淡路島の間に

沖ノ島、地ノ島、虎島、神島の無人島が

浮かんでいる。

これら4島を総称として友ヶ島と呼ぶ。

1854年、紀州藩が友ヶ島に藩主を常駐。

明治21年(1888年)、旧日本陸軍の要塞として、

砲台が築かれ第二次世界大戦が終わるまで

地図上に記されなかった島。

そんな島に渡ってみた。

虎島を横目に、神島を左に野奈浦桟橋に着岸。

まずは、東へ険しい上り坂に歩を進める。

じんわり汗がにじんだ頃、第4砲台に到着。

煉瓦造りの弾薬庫の内部は広く

通路でつながっている。

急な岩肌の坂道を上り下りする。

沖ノ島のタカノス山展望台のすぐ下に

将校宿舎跡と発電所跡が見えてくる。

宿舎右の縦長の窓は、銃口を出す銃眼。

宿舎の左側にトンネルがある。

その向こに弾薬庫跡が見えてくる。

弾薬庫横の石段を下りると

闇に包まれた地下通路。

ヒンヤリとした空間、

ライトを手に進むと第3砲台が姿を現す。

砲台は4カ所、8門の大砲を備えていたようだ。

島内で一番規模の大きな砲台。

おそらく、ここから空を横切る敵の爆撃機を

狙っていたのだろう。

 

タカノス山展望台を左にぐるりと下りる。

第5砲台と弾薬庫跡。

こちらも廃墟のような表情だ。

南に下ると旧日本海軍聴音所跡がある。

島に近づく敵船のスクリュー音を

キャッチする施設。

中には台所やトイレも残っていた。

大きく開いた窓から海を行く船を

双眼鏡で監視していたのだろう。

戦闘機から発見されないように

屋根をカモフラージュしていたのだろうか?

西の端にある子午線近くに友ヶ島灯台がある。

明治5年(1872年)、日本で8番目にできた

洋風建築の灯台だ。

神戸港を開港するに当たり

紀伊水道に船を誘導するためできた灯台。

勿論、現在も灯をともしている。

すぐ横にある第1砲台を建設するため

北に移設されたのが現在の場所。

灯台から北に進むと第2砲台が見える。

海に面したこの砲台は風化が激しく

相当朽ちている。

戦時中、灯台を攻撃され多くの灯台守が

命と引き替えに灯台の灯を護ったそうだ。

戦後70年以上が経ち爆撃の音もない友ヶ島。

透き通った海や可憐な花、

そよぐススキに海鳥の鳴き声。

戦火を逃れた遺物たちを自然が

やさしく包んでいる。

第3、第4砲台に配置されていた

8インチ砲の弾も表面が錆び、

平和な時間を取り戻した島に

心地よい海風がほほをなでた。

#和歌山 #加太港 #友ヶ島


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